陶邑春樹の環境問題blog

アクセスカウンタ

zoom RSS 前回の続きです

<<   作成日時 : 2014/09/20 13:14   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

アゴラから引用します。

北が社会主義者であるのは間違いないですけどまだあるんですよ。
池田さんは知らないことはないだろうけど、北は日蓮宗の行者でもあるんですよね。
大川周明も同じなんですね。
天皇と社会主義と日蓮宗とが合わさったのが、日本の国家社会主義なんですな。
ここでも何度も書いてきたけど岸さんは左翼なんですな。
孫の安倍さんを中韓では極右だと。
まあ、岸さんと安倍さんが同じ考えかどうかわからないけどね。


2014年09月20日01:45

カテゴリ法/政治

二・二六事件は社会主義革命だった

http://www.youtube.com/watch?v=XOP0BMuz3N8#t=101きのうの読書塾では、『二・二六事件と青年将校』の話をした。この本でおもしろいのは、青年将校を従来のような狂信的ファシストとみていないことだ。

筒井清忠氏によれば、青年将校には天皇親政をめざす天皇主義者と北一輝の『日本改造法案大綱』を実現しようとする改造主義者がいて、磯部などのリーダーの多くは後者だったという。北の理論の中身はレーニンとほとんど同じだから、二・二六事件は一種の社会主義革命だった。

ただ北の独創性は、社会民主党のように革命を議会でやろうとするのではなく、天皇を使ってやろうと考えたことだ。もちろん北が武器をもってクーデタを指導したわけではないので、彼が死刑になったのは暗黒裁判だが、彼が青年将校に理論的支柱を与えたことは間違いない。彼もそれを認めて、死刑を受け入れた。

ここに歴史の皮肉がある。青年将校は二・二六事件では敗れたが、北の精神は(彼を師と仰ぐ)岸信介などの革新官僚に受け継がれ、普通選挙や公的年金など北の提案した政策が実現された。つまり天皇+社会主義という青年将校の構想は、近衛文麿の戦時体制に受け継がれたのだ。その中心になったのが、緒方竹虎など朝日新聞の革新派だった。

つまり「暴走する軍部を新聞が止められなかった」という神話とは逆に、青年将校の志を受け継いで対外的膨張主義を主導したのは、統制経済を志向するリベラル派だった。それは大恐慌への対応としてはヒトラーと同じ国家社会主義であり、朝日新聞は単なるマスコミではなく、その中核だったのである。

http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51912371.html

月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
前回の続きです 陶邑春樹の環境問題blog/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる